大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

旭川地方裁判所 昭和58年(ワ)243号 判決

原告

被告

森田嘉影

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一九九九万一三〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡竹河貞夫(昭和三年一二月一四日生、以下「亡貞夫」という。)は、次の交通事故(以下、「本件事故」という。)に遭遇し、頭蓋底骨折及び脳挫傷により死亡した。

(一) 日時 昭和五三年八月一六日午後一〇時四〇分ころ

(二) 場所 北海道枝幸郡浜頓別町字浜頓別一五四番地先路上

(三) 事故車 小型四輪乗用自動車(旭五五に九七―四五号、以下「本件車両」という。)

(四) 右運転者 訴外堀友明こと遠藤友明(以下、「訴外堀」という。)

(五) 被害者 亡貞夫

(六) 態様 訴外堀が事故車を運転して本件事故現場を浜頓別町市街から同町内のクツチヤロ橋方向に向つて走行中、同所を事故車と同一方向に向け走行中の亡貞夫に衝突させ、亡貞夫をはねとばした。

2  被告の責任

被告は、本件車両の所有者訴外長縄良一から本件車両を借り受けていた訴外佐藤秀利からさらに昭和五三年八月一六日午後六時ころ本件車両を借り受け、これを自己のために運行の用に供していた。

よつて、被告には自賠法三条により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

本件事故により亡貞夫及びその相続人は、次のとおり少なくとも二四二五万三一五二円を下らない損害を被つた。

(一) 葬儀費 三〇万円

亡貞夫の死亡により、その子である訴外渡鍋定一はその葬儀を主催し、その費用として少なくとも三〇万円を支出した。

(二) 逸失利益 一九九六万三一五二円

亡貞夫は、本件事故当時四九歳の男子で日雇労務者として稼働していたものであり、本件事故により死亡しなければ六七歳まで稼働することが可能であつて、その間毎月少なくとも二六万四〇〇〇円の収入を得ることができたと考えられる。

そこで右の収入の五〇パーセントを生活費として控除し、また新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して亡貞夫の将来の逸失利益を算定すると、その死亡当時における現価は一九九六万三一五二円となる。

(計算式)26万4000×0.5×12×12.603=19996万3152

(三) 慰謝料 四〇〇万円

(四) 文書料 一三〇〇円

亡貞夫の子であり、その相続人である訴外渡鍋は、原告に対し、後記のとおり自賠法七二条一項による損害填補金の請求をしたが、その請求には交通事故証明書、除籍謄本及び戸籍謄本を添付書類として提出する必要があつたため、その費用として少なくとも一三〇〇円の支出を余儀なくされた。

4  相続

訴外渡鍋は、亡貞夫の子として亡貞夫の前記3の(二)、(三)の損害賠償請求債権を相続により取得した。

5  自賠法七六条一項に基づく代位

(一) 本件車両には、自賠法に基づく保険契約が締結されていなかつたので、訴外渡鍋は原告に対し、自賠法七二条一項により損害填補金を請求し、原告の受任者である訴外東京海上火災保険株式会社は、昭和五五年四月一五日同訴外人に対し、一九九九万一三〇〇円(政府の自動車損害賠償保険事業の支払限度額二〇〇〇万円から国民健康保険より葬儀費として支給された一万円を控除し、これに前記3の(四)の文書料一三〇〇円を加算したもの)を立替払したので、原告は昭和五五年六月二七日同訴外会社に右金額を給付した。

(二) 右給付の結果、原告は自賠法七六条一項に基づき、右給付額を限度として、訴外渡鍋が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

6  結論

よつて、原告は被告に対し、一九九九万一三〇〇円及びこれに対する損害填補金の支給日の翌日である昭和五五年六月二八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実のうち、訴外長縄が本件車両の所有者であつたことは認めるが、被告が訴外佐藤から本件車両を借受けこれを自己のために運行の用に供していたとの点は否認し、その余は知らない。

3  同3項及び4項の事実はいずれも知らない。

4  同5項の事実のうち、本件車両に自賠法に基づく保険契約が締結されていなかつたことは認めるが、その余は知らない。

5  同6項は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項の事実(本件事故の発生及び亡貞夫の死亡)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故に対する被告の運行供用者責任の有無につき検討する。

本件車両が訴外長縄の所有であつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一五号証、証人長縄良一の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一、第二号証、証人佐藤秀利の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第三号証、証人長縄良一、同佐藤秀利の各証言を総合すると、本件事故当時訴外佐藤が訴外長縄から本件車両を借り受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、本件全証拠を子細に検討してみても、本件事故当時被告が訴外佐藤から本件車両を借り受け、これを自己の運行の用に供していたことを認めるに足りる証拠はなく、被告の運行供用者責任を肯定することはできない。その理由は以下のとおりである。

(一)  前掲甲第一ないし第三号証、第一五号証、成立に争いのない甲第一二、第一三号証、第一六号証、証人長縄良一、同佐藤秀利、同遠藤友明の各証言及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1)  本件車両の所有者である訴外長縄は、訴外佐藤、同堀らと自動車に無線機を取り付けて交信し会つたりするグループ「地獄連合」を結成し、日頃から行動を共にしていたものであつたが、昭和五三年八月一六日から同じく「地獄連合」の仲間であつた訴外阿部某と積丹方面に二、三日の旅行に出かけることになつた。

(2)  訴外佐藤は、当時訴外阿部と行動を共にすることが多く、その際には同訴外人所有の乗用車に同乗させてもらつていたところから、訴外阿部が訴外長縄とともに旅行に出かけることとなると、その間の行動に不便を来たすことになるため、右の旅行計画の話を聞いた訴外佐藤は、訴外長縄に対しその所有に係る本件車両をその間いわゆる「足代り」として借り受けることとし、その頃本件車両の引渡しを受けた。

(3)  もつとも、本件車両は自動車検査証の有効期間を徒過したいわゆる車検切れ車両であつた上、当時訴外佐藤は交通違反を重ね自動車運転免許の効力の停止処分を受けていたところから、訴外長縄は本件車両を貸すに当たり、遠方には出かけないように注意した。

(4)  訴外佐藤は、訴外長縄から本件車両を借り受けこれを運転中、訴外堀と出会い、同訴外人をこれに同乗させて行動を共にするうち、訴外佐藤は右のようにいわゆる免停中であり、また訴外堀も無免許であつたことから、訴外堀の発案で、本件車両の運転を被告に頼むこととし、訴外堀とともに被告のもとに赴いた。

(5)  その際、被告も当時前記「地獄連合」のメンバーであつたが、訴外佐藤とは顔見知り程度でそれ程親しい間柄でもなかつたため、中学時代の同級生で被告と親しかつた訴外堀において、訴外佐藤は交通違反の累積点数が高い(いわゆる点数がない)ので運転して欲しい旨述べ本件車両の運転方を依頼した。

(6)  被告は、本件車両が訴外長縄の所有であることは知つていたが、訴外堀と訴外佐藤がこれを借り受けて来たものと考え、友人の訴外堀の依頼でもあり、本件車両の運転を承諾した。

(7)  なお、被告は昭和五二年一二月に自動車運転免許を取得し、昭和五三年一月末頃自家用自動車を購入し、所有していた。

(8)  そして、同じく訴外堀の提案で昭和五三年八月一六日被告、訴外堀及び同佐藤の三名は、歌登町で開催されていた産業祭の催しとしてバンド演奏が予定されていたことから、これを見に行くこととし、被告運転の本件車両に訴外堀及び同佐藤が同乗し、途中喫茶店で待合わせをしていた訴外堀の知合いの女性二名を乗せた上浜頓別町を出発した。

(9)  一行は、同日昼過頃歌登町に到着したが、歌手の到着が遅れ予定時刻になつても演奏が行われなかつたため、結局そのまま帰ることとし、同日午後三時頃浜頓別町に戻つた。この間本件車両はすべて被告が運転した。

(10)  歌登町から戻つた一行は、途中で同乗の女性二名を降ろし、さらに訴外佐藤の自宅に立寄り、そこで同訴外人は降車したが、同夜行きつけのスナツク「離宮」に飲みに出かけることを約束し、そこで落合うこととして本件車両は被告が訴外堀を乗車させたまま同訴外人の自宅まで運転して行き、同訴外人宅でしばらく時間つぶしをしたのち、同日午後七時ころ、両名は本件車両で約束のスナツク「離宮」まで赴いた。

(11)  なお、訴外佐藤が自宅前で本件車両から降りた後も本件車両をそのまま被告に運転させたのは、同夜スナツク「離宮」で落合うことになつていたことから、その際にでも返還を求めれば足りると考えていたためで、その後も引続き本件車両の運転を被告に依頼する予定であつた訳ではなく、また同訴外人には以後本件車両を被告に自由に使用させる意思もなかつた。

(12)  「離宮」では、被告、訴外堀及び同佐藤のほか同じく「地獄連合」の構成員であつた訴外細田静夫が加わり、ウイスキー等を飲んだが、訴外堀は「離宮」に到着した直後頃被告から本件車両のエンジンキーを受け取つた。

(13)  その後、訴外堀は一人「離宮」を出て、右エンジンキーを使用し、本件車両を運転中、本件事故を発生させた。

(14)  本件事故の発生は、その後「離宮」に居た被告や近くの飲食店で飲食中の訴外佐藤らに連絡され、被告らは直ちに事故現場に急行し、また本件車両の所有者である訴外長縄も現場に到着した。

(15)  その際、訴外佐藤、同長縄及び同堀と被告らは、当時免停中の訴外佐藤が本件車両を借り受け運転したことが発覚することをおそれ、同訴外人の無免許運転の事実を秘匿すべく、本件車両は被告が訴外長縄から譲り受けることになり、本件事故当日その引渡しを受け使用保管中のものであつたこと、また、訴外堀が本件車両のエンジンキーを所持していたことは、被告が飲酒時これを紛失しては困るので一時同訴外人に預けていたものであつたことにし、その旨口裏を合わせることとした。

そして、捜査機関の取調べ及び事情聴取の際にも各人が右の打合せに従つた供述をしたため、右の筋書きに沿つた虚偽の内容の供述調書が作成されるに至つた。

(二)  右認定の事実によれば、被告は、訴外堀を通して訴外佐藤から本件事故当時一時的に本件車両の運転を依頼されたものに過ぎず、訴外佐藤宅で同訴外人を降車させた後訴外堀を乗車させ同訴外人宅まで本件車両を運転し、さらにそこからスナツク「離宮」までこれを運転したことも、本件車両の運転を依頼された関係からその延長として事実上その保管を委ねられた結果に外ならず、訴外佐藤と同格の立場で又はその意思に反してまで本件車両を自由に運転し、使用し得る地位にはなかつたことが明らかである。

(三)  ところで、自賠法三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、自動車の使用についての支配権(運行支配)を有し、かつ、その使用により亨受する利益(運行利益)が自己に帰属する者を意味すると解されるから、自動車の運転を依頼されたり、あるいは無断使用運転等をすることによつて一時的に自動車の現実支配を取得したに過ぎない者は、これに該当しないと解するのが相当である。

これを本件について見るに、被告は訴外堀を通じて訴外佐藤から本件車両の運転を一時的に依頼され、またその延長として事実上これを保管していたに過ぎない者であつたこと前認定のとおりであるから、被告には本件車両に対する運行支配及び運行利益のいずれについてもこれを認めることはできないというべきである。

三  してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 窪田もとむ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例